| ■「平成寺」建立の趣意書■ |
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およそ二五〇〇年も前にインド国に出現した教主釈迦牟尼佛の教えは、生きとし生ける諸々の「生命」
を大切にし、あらゆるものが尊敬しつつ共に生きようとするものです。 慈悲の実践を通して般若(智慧)を完成し、如実に自心を知ることにあります。 さて、聖徳太子の一七条の憲法にありますように三宝に帰依しつつ、日本人は、佛法を血肉化してまいりました。 日本全国に八万ヶ寺以上の堂塔伽藍が存在し、今日まで護持されてまいりました。因みに私の信奉する真言宗は、高野山、教王護国寺(東寺)を始め、一八本山があり、弘法大師空海和上の「鎮護国家」「済世利民」を中心に一万二五〇〇ヶ寺が一丸となっております。就中、私が所属する大本山大覚寺は、平安時代(貞観一八年)に嵯峨天皇の離宮として建立され嵯峨院と呼ばれていた。 嵯峨天皇は、唐の都長安の北方の景勝地嵯峨山になぞらえて地名とした。 貞観一八年(八七六年)二月二五日、嵯峨天皇の長女で、淳和天皇の皇后であった正子内親王が、淳和天皇第二皇子の恒寂入道親王をご開山として、離宮嵯峨院を大覚寺として開創された。以来、歴代の住職は皇子が入道されて江戸末期の有栖川法親王までつづいた。 現在の大覚寺の正式名称は「旧嵯峨御所大覚寺門跡」といい、真言宗大覚寺派の大本山であり、日本最古の心経が勅封として奉安され、生け花嵯峨御流の総司所である(一〇万人の師範がいる)。 しかし、この真言宗は国内では多くの壇信徒があっても、この一二〇〇年間、海外まで伝道されることがなかった。北米、南米大陸の日系人を対象にした布教は一〇〇年の歴史があるものの、現地の人々に対する布教ではなかった。 そこで一九七八年三月に渡米し、徒手空拳ながら欧米人の間に真言宗を弘めてまいりました。只今は、東京を活動の中心としていますが、毎年春と秋にアメリカ合衆国と欧州諸国を巡錫し伝道活動を続けております。 欧米人の仏教徒が日本に修学を希望しても、我が真言宗には、そのような留学生を受け入れて指導する寺も道場もありません。(何人かの外国人は私の紹介で、高野山の道場で修学させましたが、門は閉ざされている) そこで諸外国の留学生を受け入れる平成寺道場を建立し、日本仏教と伝統文化を教授し、人材育成を図って行きたい。 この平成寺は、諸外国の留学生と、日本の僧侶、または一般人でも修行したい者に全て門戸を開いていく。そして専門家の道に進みたい者には、真言宗を始めとして、各宗の道場に紹介をしていく。 即ち、釈迦牟尼佛の佛法興隆、世界人類の発展のために菩薩行をする人材を育成して行くことが「平成寺」建立の趣意であります。 有縁の皆様の御信助、御協力をお願いいたします。 合掌 平成一六年二月一五日 阿闍梨耶 成明 九拝 |
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