■地球を仏国土に■
密教の立場から

≪ 世界に密教を伝道する ≫

「阿字観」の修行を了えて、道場の外はメイプル樹が紅葉し眼にまぶしい。道場の東方には、海抜四千フィートのアブラハム山、エレナ山、リンカンピークがゆったりとあり、その斜面に夕日が映え刻々と景観が変化する。
 今年もまた、九月二十三日から十月八日までの間、アメリカ合衆国ヴァーモント州で真言密教のセミナーを聞いた。
 九月二十七日のミドルバレー大学で、ヴァーモント州日本協会と共催し、三十五名の学生達に修禅観法と書道とを指導した。また、ヴァーリントン市にある西蔵系寺院(シャンバラセンター)で、土・日の二日間に四十名ほどの修行者と共に、朝九時から夕方五時まで講義と修禅観法をした。
 翌週の月曜から土曜まで、スタークスボロ町のクエーカー教会堂で、弟子達を対象に伝授と観法と『理趣経』(りしゅきょう)読誦などの上級コースのセミナーを行った。
 この東部アパラチア山脈の美しい大自然の真只中で、アメリカ人生徒と共に朝から晩まで阿字観、五相成身観(ごしょうじょうしんかん)、月輪観(がちりんかん)、数息観(すそくかん)などを修し、仏教を読誦し討論出来たことを感謝している。

 夕陽を拝みながら、一九七八年三月二十七日にロサンゼルス空港に降り立った時のことを思い出した。
 出迎えてくれる知人も生徒もいなかったが、渡米前に友人の一人から、ロサンゼルスには日系人の経営するホテルやレストランがあり高野山米国別院があることを聞いていた。四月一日に高野山米国別院を表敬訪問し、第四代主監高橋成通大僧正に面談する仏縁をもった。その別院は、一九一二年に青山秀泰開教使が開基し、第二代高田師、第三代喜多川師と続き第四代主監高橋成通師の不屈の闘志と壇信徒の協力により殿堂を完成させた。
 しかし、殿堂完成後間もなく一九四一年十二月七日、日米戦争が勃発し高橋主監は敵性外国人の一人としてFBIに逮捕された。その後、雪深いモンタナ州や灼熱のニューメキシコなどの抑留所を転々とし、九死に一生を得た、と老主監は一気に語られた。そして、初対面の私の手を握り、「我が真言宗は、英語開教のできる人材がおりません。羽毛田義人教授が、ニューヨークのコロンビア大学で学術面で成果をあげていますが、白人達に密教が広まっていません。田中先生は、パリに伝道する目的で渡米されたということですが、是非ともニューヨークで伝道してもらえないでしょうか」と、懇願された。ニューヨークにアパートを借り、伝道を開始したのはその五ヵ月後の七八年九月九日からである。
 生徒もいないので、ニューヨークのあちこちを托鉢し、ワシントン、スクウェー公園の樹の下で阿字観を修した。一日中托鉢しても、一ドルも喜捨を受けられず、二日も三日も水を飲み、七日間の断食を何度も体験した。
 それでも一年後の定例集会には、毎週日曜日に二十名以上が集まり読経が行われるようになった。その頃から「ニューヨーク日系人会」「宗教芸術学校」で書道を指導し、永住権取得後はニューヨークの公立学校、大学、図書館、美術館、日本協会、アジア教会などで書道を教える仕事に恵まれた。
 また、八〇年四月二十一日からボストン市に本部がある「イースト・ウェスト・ファンデーション」に招かれ、鉄道、バスを使って指導に赴いた。その結果、アメリカ人達が東部諸都市にセンターを開設し、指導に出かけた。
 さらに、欧州の生徒からの招きに応じ八二年十月からEU伝道が本格化していった。
 その伝道地図は、二〇〇〇年十月現在で欧州十六ヶ国に及び、昨年三月末には旧ユーゴスラビアから独立したクロアチアのリエカでセミナーを行っている。
 ニューヨークの小さなアパートから始まった真言密教の伝道は、ようやく種蒔きの時になった。

≪ 地球を仏国土にするために ≫

 弘法大師空海和上(七七四〜八三五年)の開いた真言密教は、即身成仏・曼荼羅・弥勒思想である。
『即身成仏義』の中で、空海は誰でも此身このまま速やかに成仏できる、と断じている。顕教が長い間修行した後に成仏できる(三劫成仏(さんごうじょうぶつ))というのに対し、密教は速やかに成仏できる。これが顕教と密教の大きな違いである。
 その成仏の方法は、『大日経』系の「阿字観」と『金剛頂経』系の「五相成身観」がある。ここでは「阿字観」について述べる。
 (阿・あ)字は、大日如来の一字の真言で、は一切の経文、一切の真言が凝縮されているることから「一字真言の王」(『大日経疏(しょ)』)といわれ、「この一字真言の加持力によって必ず成仏する」とある。
 観法の仕方は、まず字本尊を軸装して道場に掛ける。この本尊は、月輪の中に八弁の白蓮華を描き、蓮華の上に金色の字を描いたもの(胎蔵部)である。本尊を前にして結跏趺坐又は半跏坐に坐し、両手をもって法界定印(ほっかいじょういん)(左手をあお向けて右手をのせ、両手の親指を合わす)を結ぶ。
 息は出る息に、入る息にと唱え、そのの息を深く念ずる。本尊の、蓮、月とわが心の、蓮、月と一切衆生の、蓮、月とが三平等であると思念し、まず本尊の、蓮、月を観じ、次に自身の胸中に、蓮、月を観じ、次にこれを宇宙大に拡大していく(これを広観という)。
 この時に、念ずる自心と、蓮、月とが一つにとけ合って、本尊を忘れ、自己を忘れ、無心になって安らかな境地になる。そして、広がった、蓮、月を縮小し再び自己の胸中に収める(これを斂観という)。
 空海は高野山で弟子達に阿字観を指導し、「海に百川(ひゃくせん)を摂するが如く、一切の善根をこの一字に収む。ゆえに、<海印三昧(かいいんざんまい)>ともいう。これによって、一たびこの字を観ずれば、八万の仏教を同時に読誦する功徳に勝れり」と断じ、万人に開かれた成仏法といっている。
 次に曼荼羅であるが、曼荼羅は『大日経』「具縁品」に「曼荼とは心髄といわれ、羅とは円満といわれる」とある。このことから本質を有するものとなり、悟りを有する場ともいえ、釈尊成道の場(金剛宝座)は、曼荼羅(菩提道場)である。
 曼荼羅には胎蔵・金剛の両部があり、胎蔵部は中台八葉院を中心に十二大院に分れ四〇九尊が描かれている。中台八葉院は、大日如来を中心にし、東方の宝幢(ほうどう如来、南方の開敷華王(かいふけおう)如来、西方の無量寿如来、北方の天鼓雷音(てんくらいおん)如来の五仏を配し、普賢、文殊、観音、弥勒の四菩薩で構成している。
 この胎蔵部の外金剛部院には、インドの諸天が配されているが、ここにユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、ジャイナ教、シク教、ゾロアスター教、道教、神道etcなどの諸宗教を配し礼拝すれば、異宗教間の対立はなくなる。
 次に弥勒思想であるが、釈尊の補処(ふしょ)の菩薩の弥勒(マイトレーヤ)は兜率天にあって説法中で、阿含経典、大乗経典などに当来仏(未来仏)として認められている。そして、インド、中国、朝鮮、日本の高僧達は、死後には兜率天に住生することを願い、竜華三会(りゅうげさんね)に値遇(ちぐ)することを念願した。中でも空海は、入滅にあたり『御遺告二十五箇条』を弟子に与え、その第十七条に、「私は眼を閉じた後に必ず兜率天に往生し、弥勒慈尊の御前で待ち五十六億余年の後には、必ず慈尊と共に下生し、弥勒に奉仕し、私の旧跡をたずねよう」と、上生と下生信仰を明示されている。
 釈尊滅後、仏教は上座部、大乗、金剛乗と発展してきたが、今や異なる宗教をもった全人類を相手にする時代となった。私は阿字観を万人に勧め、当来仏である弥勒仏を念じ、オーン・マイトレーヤ・スヴァーハーと唱え、地球を仏国土にする運動を推進していきたい。

合掌 
阿闍梨耶 成明 九拝 





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